岡山盛り上げよう会
会長
佐藤正彦氏
2016.10.3(月)
◆子供のころになりたかったものは?
5~6歳の頃、コンピュター関係の仕事をしたいと思った。
東京の目黒区で生まれ、5、6歳の頃に北海道の函館に引っ越すと、近所にコンピュター関係の会社に勤める人がいた。
その人を見てコンピュター関係の仕事に憧れたこともあるが、元々機械や電気が好きでとても興味があった。
この気持ちはずっと続き、高校は電気科に進学し、東京の大手電機メーカー関連会社に就職した。
情報通信ネットワークの部署に希望を出すと叶い、企業のネットワークを構築する仕事に就いた。
その4年半後、電気通信サービスを提供する会社に転職し、様々なプロジェクトに就いた。
気付いた時には、子供の頃からやりたいと思っていた願いは叶っていた。
◆人生に影響を与えた言葉は?
1、「人とたくさん会う!」
20代半ば、サラリーマンをしていた時の同僚の言葉。
転職後、同じ新幹線で自分の前の席に偶然乗り合わせた。
出張先でいろいろ相談をしたら、その時「やりたい事があるなら、人とたくさん会え」と教えてくれた。
この言葉があったから、「ご縁!」という言葉にも出会えた。
2、「ご縁!」
当時流行り始めだったtwitterのフォロワーの方と、たまたま飲み会で居合わせリアルな友人になった。
その方こそ「ご縁」を意識させてくれた方だった。
一期一会の大切さを教えてくれた。
更に、岡山に引っ越したばかりの頃、facebookで知り合った方と偶然に出会った。
その方に、ある異業種交流会に誘われ参加したところ、そこで出会った方と「岡山をもっと盛り上げよう!」という話になり、「岡山盛り上げよう会」を立ち上げる事になった。
ご縁を大切にして来た事で、「岡山盛り上げよう会」を立ち上げる事ができたし、素晴らしい仲間がたくさんできた。
出会う人全てに、常に『縁』があるものと思って接している。
この2つのキーワードを教えてくれた友人には、本当に感謝している。
◆人生の転機は?いつ、どんなことでしたか?
東日本大震災
一時期、若干パニックになった。(笑)
当日は、免震対策を施した都心の高層ビルにいたので、物凄く揺れた。
妻に電話すると、「無理して帰宅するより会社内にいた方が安全」と言われたが、足に自信のあった私は横浜の自宅まで歩いて帰ろうと会社を出た。
夕方に会社を出て歩き出したが、ビジネスシューズでは思った程歩けない。
夜の9時でまだ川崎だったので、川崎駅で休み朝を迎えることにした。
今にして思えば、バカだったなぁと思う。(笑)
東日本大震災が起きたのは、32歳の時。
2歳になる子供もいたので、それからは色々な災害不安の対処方法を家族と相談しながら過ごした。
本当に色々な事を夫婦で話し合った。
これは、本当に貴重な事だったと思う
その末に、「そもそもなぜ東京で暮らしているんだっけ?」という疑問にたどり着いた。
早速、妻と家族会議を開き話し合った。
そこで、夫婦で何がしたいか、どんな所に住みたいかをしっかり相談した。
妻は、瀬戸内海の近くに住むのが希望だと言い、私は未開の地を希望した。
その土地をあまり知らず、田舎過ぎず都会過ぎず、知り合いが少なく、災害が少ないところを希望した。
それは、折角移住するなら、知らない事が多い方が楽しいと思ったからだ。
冒険心が一番強かったからだと思う。
夫婦お互いの条件に当てはまったのが岡山だった。
早速、インターネットの就職情報サイトを利用して応募した。
業種や仕事を選ばず、自分を望んでくれたところに就職しようと思った
またそれが「ご縁」だとも思った。
仕事も決まり、2012年7月末、岡山へ引っ越した。
移住前からSNSで知り合った岡山在住の方に岡山で会い、誘われた飲み会に参加した。
その飲み会で、「岡山盛り上げよう会」の副会長となる人と出会った。
岡山で「地域貢献したい!」という思いを語ると、その日のうちに「やろうか!やろう!」という事になって「岡山盛り上げよう会」が発足した。
半年後には、「東京で移住相談会を開こう!」という話になり、交通費などの経費は全て副会長との折半。
お互い自腹で開催した。
東京都内で無料の移住相談会を開いた。
集客は、facebookで告知したり、移住の支援している団体に声がけした程度、インターネット検索で見かけた人が集まってくれた。
結果は大盛況。
当時は、岡山の移住相談会も今ほどはなく、2日間とも会場は満杯だった。
目的は移住支援と地域活性化。
今自分ができる事で、子供がこれからお世話になる地域に貢献したいという思いが強い。
とにかく、動きたかった。
◆人生で影響を受けた人物、本は?
1、「やりたい事があるなら人とたくさん会え」と教えてくれた人。
2、「ご縁」の大切さを教えてくれた人。
◆問題障害は?いつ、どんなことでしかた?
あまり感じていない。
あえて言うなら、妻の実家が遠くなったので、子育てで苦労をかけている事。
しかし、その分楽しいことも多い。
◆これからの夢や希望は?
岡山を盛り上げる。
地元の人に岡山の良さに気づいてもらい、日本中に発信するような、日本中に波及するようなものを岡山発で築きたい!